text連載「落ち穂」

2021.03.23 『吸い込むこと』

朝起きた時に包まれる静寂と満ちている空気が好きだ。沖縄の朝はたとえそれが街の中心部であっても優しく新しい空気に包まれるように感じている。夜中に雨が降り、朝方には晴れてすっかり洗い流されたような日もあれば、暑くなる前、つかの間の時間だったりもする。

家の小さな庭に下りるとその空気は強まる。目の前にはいつも見慣れたオリーブの木があり、そよそよとなびく葉っぱに少し触れてまた日々の仕事に戻る。その土地土地で持っている個性があると思うが沖縄の心地よさはその空気、大気に強く表れていると思う。

ある日、そのオリーブを移植することになった。ホームセンターで買った苗木ははいつの間にか庭には収まらないほどの大木になっていた。引っ越し先の新しい庭に定置したオリーブは伸び伸びとサワサワとたたずんで、その前に立つとやはり自分の家の庭で感じたすがすがしさを与えてくれた。いつまでも話していたくなるようなと言ったらおかしいかもしれないが、不思議な交流を感じる木だった。その木の前で深呼吸をし、しばしの別れをした。

沖縄では気が向くと行きたくなる場所があり、その場所に癒やされていたが、家に植えていた木にこんな気持ちを持つことは今までなかった。この木のことを思い出す時、私の中にサワサワとした心地よさと優しい気持ちが湧いてくる。人は実際に会ったり、赴くことができなかったりしても、その記憶の中に生き生きと映し出されるものに再び英気をもらいながら生きていくことができるのだなと実感 する。それは移動のない旅とも言えるだろう。

先日知人と話した時、その方が話してくれた「その土地の空気を吸うことが大切。そこにいろんなものが詰まっている」という言葉が印象的だった。いろんな目に見えない情報を私たちは無意識に体内に取り込みまた吐き出しているのかもしれない。そんなことを考えながらひと呼吸。

私は今いる場所でどんなことを受け取っているのだろう。目に見えない感覚に意識を向けてみるのも悪くない。

提供:琉球新報